パスポート更新

10年ぶりにパスポートを更新。世界の中で、日本のパスポートは最強と言われているそうです。事実ロンドンヒースローでは、写真の通り、日本のパスポートを持っている人は、英国人と同じゲートから入れます。我が国に対する「信頼」以外の何もでもないと実感します。


10年前の更新は、子どものフラッグフットボールのママ友たちと、韓国に旅行に行くために。子どもたちはまだ小学生で、コーチをしている夫たちに子どもを任せ、韓流ブーム真っ只中の韓国に4人で旅にでました。この時10年後、留学に行くことを機に更新するとは、想像もできなかった。


子どもを軸に家族のことが自分のことよりも大切で、「自分のための時間」を捻出することそのものが、悪だ! それくらい家族のために生きていました。パスポートには、毎年家族旅行で海外に行っていた国々のスタンプ。わたしの写真はと言えば、長男か、夫に(どちらに言われたかわすれましたが)「脱北者みたいだね」と。なんだと!!と思いましたが、的確過ぎていました。このパスポートの自分の顔、大嫌いでした。顔ってその時の心を映すので、きっとわたしは荒んでいたのかも……。確かに必死でした。


長男が大学生、次男が高校生になり、残りの年数が少なくなってから、パスポートの利用頻度が急激に増えました。次男がオーストラリアに留学している間、長男は滋賀にいて、夫も仕事だったので、初めて、一人でLAに旅立ちました。

先輩のお宅にお世話になり、先輩の計らいでUCLAの試合をみて、キャンパスも散策。USCにも立ち寄り、ロサンゼルスオリンピックの会場となったスタジアムに行ったときには、ずっと、John Williamsの「Olympic fanfare and theme」が鳴り響いて、「ここでロケットマンが飛んだのだ!!」と一人で興奮していました。ホンモノをみる感動をただただ味わいました。エコノミーでのロングフライトは、この旅で「うん、わたし、10時間は行ける!」と自信を持ちました。ただし、座席は一番後ろで窓側(笑)翌年は、シンガポールのお友達のお宅に一人旅。先輩や友人が旅先に居る安心感は、今思うと一人旅、とは言えないのかもしれません。


その後、人生初のハワイ島、ベトナムと夫と、これ幸いと旅に出かけました。二人で旅に出るのがとてもとても快適で、これを機にわたしたちは、時間が許せば二人旅の計画をするようになりました。子どものことを気にしつつも、目の前の自然や街並の美しさなどを堪能しました。すくすく育ってくれた子どもたちに感謝、です。


10年ぶりにパスポートを更新。マルタに留学する前の3月はハワイ島、結婚25周年の記念に、セドナに。ハワイ島では、ツアーに参加するよりも、自分たちで探すほうが好きな私たちでしたが、マウナケアで星空を見るツアーに参加。日本語ガイドさんが、懇切丁寧にしてくださり、最高の時間を過ごせました。

6月は結婚記念旅行として念願のセドナへ。ロサンゼルス経由でフェニックへ。フェニックスからは夫が運転する車に揺られてセドナに。真っ暗な一本道をやっと抜けて付いたら、コンドの受付が閉まっているとう事件(;’∀’) まさか、車の中で過ごすのか?? と思い、何も案内はないものかと探したら、隣のホテルのレセプションに行けと指示が。この時の一呼吸、深呼吸がなんて心と体を癒すのだろう!! 思いで深い「呼吸」です(笑)

この旅でもツアーを利用。なんと、日本語ガイドさんだと、料金が跳ね上がる(;'∀')。しかし、さっぱり分からないので選択の余地はなく、価格は「そういうものだから」と気にしないことにしました。

日本語ガイドさんが、道中アリゾナ、セドナ、グランドキャニオンについて教えてくれたので、翌日、夫が「たぶん、日帰りできる」といいグランドキャニオンに向けて車を走らせました(;’∀’) 結果、呼吸がまた止まるような絶景と出会うことになりました。


この旅で25年一緒に過ごせていることに感謝し、息子たちに感謝し、二人旅というわたしたちにとっての新しい楽しみ方ができたことに感謝しています。


パスポートは自動化のためにスタンプを押さなくなりました。でも、ICと、わたしの心の中には訪れた国での思い出がたくさん、たくさん詰まっている。


さて。行きますよ、マルタ。夫はついて来てくれない、一人で。それも全く日本語が通じないところに2週間も!!!

堪えられるのか、マキーーコ!!

Try Everything!

Til I reach the end and then I'll start again No I won't leave, I wanna try everything I wanna try even though I could fail

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